本当に大切な物語について話すのはむずかしい
友達とやっている、ビブリオバトル。初めて設定する来月のテーマはずばり「夏」。
私は高校生の時から、夏が来る前に必ず夏を感じる物語を読むという自分ルールをもっているのですが、ここ三年ほど、吉本ばななさんの「N・P」を読んでいます。ものすごく好きで。
「夏がテーマなら、N・Pしかないでしょ!!」
と思ったのだけど、でもどうおすすめしようかなと思うと、とてもむずかしいことに気がついた。
たった5分で伝えられるようなあらすじや作品背景では、きっと伝わらないだろう。
泣きたいのか笑い出したいのか、よくわからなくなる痛みとか、昼間の暑さが吸い込まれていく夕方の青の色とか、引き伸ばされたような長い優しい夜とか。きれいな手紙とか。
ハラハラドキドキするミステリーやノンフィクション、SFなんかももちろん好きだけど、本当の意味で心を動かされて、ああこれ一生ものだ、と思う作品は、何がいいのかうまく言えない、ぼんやりと、でも強いものを心に残していくタイプのものなのだ。話の起承転結そのものが魅力ではないものなのだ。私にとって。
そのもやもやした、心を掴まれる優しさや切なさをどうにか文章にして、自分の中にひとつの形として落とし込みたくて、文学研究をしているんだと最近思う。このはっきりしない何かこそが私にとって大切にすべきものであり、価値あるものであり、原動力となるものなんだなって。だから何度だって繰り返し読みたくなる。
意外とみんな、実際的なのだ、本を求める理由が。そもそものタイプも全く違うような人と集まってるからというのもあるし、だからこそ面白い遊びだし、そのコンセプト通り「人を通して本を知る」ことができる。
だけど、こういう本当に大切な物語を勧めるには、なかなかむずかしい場だなと思う。
もっとうまく、自分の感情を言葉にできたらいいんだけど。人の前で言葉にするのもいい試みだと思うし、やってみよう。
「翠のこと、どの位好き?」
「うーん。」
茶を飲みながら彼は言った。
「こうして街を見ていて、行きかう女の顔が、みんな翠に見える。その位。……こういう歌、あったね。盗作だったか。」
「いい、言いかただね。」
私は言った。
「でもどうやってもうまくいかない。」
「大丈夫よ。」
「恐いんだ。」
時間が止まった。
きっと神様がその暖かいまなざしで、ちらっとここを見たのだろう。そういう平和だった。永遠の。夜の谷間。
『N・P』吉本ばなな p.126
N・Pの一番好きな部分。こういう痛みを伴う優しい文章がすごく好き。